アイドルとリップシンク

 
リップシンクなんてかっこつけてみたけど、所謂口パクだ。アイドルの口パク問題についてだ。お前は何様なんだと思われるかもしれない。扱いにくい問題であることも、必ず荒れる問題であることもわかってる。でも書かずにはいられなかった。吐き出す場所が欲しかった。共感してくれる人を見つけたかった。
 
先日、Twitterのタイムラインでアイドルの口パクについて話が盛り上がった。大多数が「パフォーマンスを重視するなら口パクでも構わない」という意見だった。やりきれなかった。悔しかった。
わかる。視覚的なパフォーマンスに重きを置いたときに歌が切り捨てられてしまうことはどうしようもないことなのかもしれない。けれど、歌だってパフォーマンスのひとつだ。歌だってひとつの表現方法なのだ。コンサートや歌番組に行ったとして、目の前にアイドルがいるのに、そこに時差なんてないのに、でも聴こえてくる歌声には時差が存在するなんて、そんな悲しいことあるだろうか。ダンスにはその瞬間の心が宿っているのに、歌声に宿っている心はその時の心じゃないなんて、そんな矛盾辛くないだろうか。
 
歌が上手くて良いに越したことはない。でも、アイドルに歌の技術を求めているわけじゃない。その人が歌うこと(踊ること)に意義がある、それがアイドルじゃないだろうか。
 
歌は、心を映し出す鏡だ。
人の心をそのまま映し出してしまう魔法だ。
昨日の歌声と今日の歌声は違う。今日の歌声と明日の歌声も違う。だから、だからこそ、どんな時でも歌っていてほしいのだ。そう、どんな時でも。例え、激しいダンスを踊っていたとしても。
 

 

音楽は心だ。歌は魂の叫びだ。

このまま口パクが世の中に受け入れられてしまったら、どうなるのだろう。歌うことの歓びは忘れ去られてしまうのだろうか。

「上手に歌えないなら口パクでもいい」なんて、そんな悲しいこと言わないで。だって、わたしは歌という表現方法が大好きだから。アイドルの心を、心の叫びを、いつだって聴いていたいから。